Research

1. 素粒子ミュオンを用いた化学研究

ミュオン(muon:ミュー粒子、ミューオンともいう)は、素粒子の一つで電子と同じ負の電荷と、電子の207倍の質量を持つ粒子です。ミュオンは、負電荷を持っている電子と同じように原子核の周りに「ミュオン原子軌道」を作ることができ、ミュオン原子と呼ばれる奇妙な原子を形成することができます(図1)。

ミュオンは、その質量から電子と比べて原子軌道半径が小さく、原子核の近くに存在しています。にもかかわらず、ミュオン原子の形成過程は、化学状態、すなわち価電子の影響を受けることが知られています。私たちは、ミュオン原子がどのように形成しているのかについて調べています。

ミュオン原子が形成すると、ミュオンが軌道間遷移を行うために特性X線(ミュオン特性X線)が放出されます。ミュオン特性X線のエネルギーは元素に固有なので、ミュオン特性X線を測定することによる元素分析が可能です。私たちは文化財や、小惑星からの回収試料など、貴重試料の元素を非破壊で分析するために、ミュオン特性X線による分析法を開発しています(図2)。

このほかにも、ミュオンと物質の相互作用を調べたり、物質中のミュオンの寿命を利用した様々な研究を進めています。「化学」の観点から「素粒子」を扱う、「素粒子化学」という新しい化学研究分野の開拓、確立を目指して、ぜひ一緒に研究しましょう。

図1
図1:ミュオン原子の概要図。ミュオン原子は、原子核(nucleus)、ミュオン(muon)、電子(electron)からなる。ミュオンの質量は電子よりも重いために、ミュオンの原子軌道は電子のものとは異なり、原子核に近くなる。
図2
図2:(左)ミュオン非破壊元素分析法で測定した文化財などの例と、 (右)銅鐸の分析で得られた結果。銅鐸の表面は錆びているが、 (b)ミュオンを浅く(40 マイクロメートル)に停止させたときに見えていた酸素(O)のシグナルが、(a) 690 マイクロメートルの深さに停止させると完全に見えなくなっている。

2. 環境中の微量放射性元素の研究

2011年に東京電力福島第一原子力発電所の事故が起こり、大量の放射性同位元素が環境中に放出されました。しかし、この事故では原子炉内に存在していた放射性同位元素がすべて放出されたわけではなく、また放出されたものも環境中ではかなり不均質に分布しています。

どの放射性同位元素がどれだけ放出されたのか、それぞれはどのような分布をしているのか、そして放射性同位元素は今後どうなるのか、これらは元素の性質(融点、沸点、価数、取りうる化学形)や気象条件、自然環境に大きく影響されます。私たちは、原子力事故で何が起こっていたのか、そして今後何が起こるのかを「原子」の視点に立って調べています(図3)。

この事故で、多くの放射性同位元素が放出されたとはいえ、その物質量としてはせいぜい数十モルにすぎません。これが環境中の広い範囲に拡散したために、私たちが扱うことのできる元素はピコモル以下(10-12 mol、原子の数として最大1010個程度)です。このような低濃度の元素、具体的にはセシウム、ストロンチウム、プルトニウムが、どれだけ存在しているのかを、放射線という極めて高感度の検出手法を利用して調べています(図4)。

世の中は原子でできています。その原子ひとつひとつが環境中でどのように動いているのか、究極の低濃度の化学、「環境放射能研究」で一緒に明らかにしていきましょう。

図3
図3:土壌中の137Csと90Srの放射能深度分布の例。それぞれの放射性同位元素は、異なる濃度、深度に対して異なる分布を持っている。
図4
図4:半導体検出器により土壌を1日間測定して得られたスペクトルの例。この土壌の134Csおよび137Cs濃度はそれぞれ1.7 Bq/g、9.3 Bq/gであり、これは2.7x10-16 mol/g、 2.1x10-14 mol/gに相当する。